「世にもおもしろい狂言」の著者は、茂山千三郎氏。
(2006年12月初刷)
何となく敷居が高そうな伝統芸能。
ちょっと退屈そうで小難しそうな舞台。
なんて先入観を払拭して、「狂言って意外と面白そう」と思える一冊。
柔らかい語り口と時おり飛び出す上方言葉が好きだな。
平成21年8月23日日曜日
I'll Be There
こんな記事を見つけた。
「マライア、マイケルの追悼コンサートでの歌唱力の不足を謝罪」
マイケル・ジャクソンの棺を前に、こみ上げてくる感情を抑えきれずに上手に歌えなかったらしい。
そのことにより事後に、パフォーマンス不足を指摘され、批判を受けた模様。
…私だったら、やっぱり上手く歌えないかも。
マイケル・ジャクソンが亡くなって、もうそろそろ2ヶ月が経つ。
そして今月29日は彼のバースデイであり、やっとのことで墓地に埋葬される日でもあるらしい。
マイケルに哀悼の意を表します。
アカペラの「I’ll Be There」。
澄んだ歌声が胸に韻く。
「マライア、マイケルの追悼コンサートでの歌唱力の不足を謝罪」
マイケル・ジャクソンの棺を前に、こみ上げてくる感情を抑えきれずに上手に歌えなかったらしい。
そのことにより事後に、パフォーマンス不足を指摘され、批判を受けた模様。
…私だったら、やっぱり上手く歌えないかも。
マイケル・ジャクソンが亡くなって、もうそろそろ2ヶ月が経つ。
そして今月29日は彼のバースデイであり、やっとのことで墓地に埋葬される日でもあるらしい。
マイケルに哀悼の意を表します。
アカペラの「I’ll Be There」。
澄んだ歌声が胸に韻く。
平成21年8月22日土曜日
伊勢神宮と神々の美術
8/13(木)の午前中、上野の東京国立博物館へ。
平成館で「第62回式年遷宮記念特別展 伊勢神宮と神々の美術」を鑑賞。
古事記・日本書紀などの写本を間近で見るチャンス、神道美術に触れられるチャンス、
上野で伊勢詣でのチャンス、ということで人も疎らなハズのお盆の真っ只中に行って来た。
行きも帰りも上野公園のセミの大合唱つきで。
「神道美術」をテーマにした会場の構成は、次のとおり。
第1章 神宮の歴史と信仰
第2章 遷宮と古神宝
第3章 今に伝える神宝
第4章 神々の姿
展示品は伊勢神宮以外の神社の古神宝もみられた。
第2章の会場で見られた織物などは鶴岡八幡宮所蔵で鎌倉時代13Cのもの。色褪せた、どちらかというと質素な感じのする織物が数点。文様で印象的だったのが向かい合った鶴の文様の入った織物。当時はどんな色で織られていたのだろうか。
第4章「神々の姿」の会場では、すべてが神像の彫刻で、以下の6先にそれぞれ所蔵されている神像。
時代は、平安時代から室町時代のものまで。
大分・奈多宮
京都・松尾大社
和歌山・熊野速玉大社
静岡・伊豆山神社
京都・大将軍八神社
京都・岩清水八幡宮
特徴は、展示説明にも書いてあったが、仏像よりも彫りが簡素な点だろうか。例えば、衣服のひだは仏像に比べて少ないというか複雑でない。また坐像の場合、横から見たときの幅(奥行き)も仏像ほどはない。
何より大きな特徴だと思ったのは、神像はより人間に近い顔立ちであるということ(その昔、教科書や千円札で見た聖徳太子のような顔の像を思い浮かべると判りやすい気がする)。仏教の迫力ある阿修羅像とは対照的で、穏やかな表情の限りなく人に似た顔立ちの神像。
古事記・日本書紀などの古文書を間近で見られるのを結構期待していた私なのだが、それらをガラス越しに見てもこれといった感慨が湧かず、「こういうものなのかぁ…漢文読めないから意味不明だなぁ…」という感想。…価値あるものに出逢ってもその良さが解らないなんて勿体無い。…不勉強な自分が恥ずかしい。
つーか、古事記の展示期間は終わってたしな。
玉纏御太刀(たままきのおんたち)という名前の神宝があったのだが、その名前の響きがやけに私の心を捉えた。「たままき」・・・何だか可愛くないですか。
もちろんその神宝自体も美しく、翡翠や瑪瑙などの石で装飾が施されていて非常に綺麗だった。
2013年の式年遷宮まで、約4年足らず。
三重で伊勢詣でが出来たらいいな。
★http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20081208/100208/
矢野憲一氏「伊勢神宮に見るサステナブル」
平成館で「第62回式年遷宮記念特別展 伊勢神宮と神々の美術」を鑑賞。
古事記・日本書紀などの写本を間近で見るチャンス、神道美術に触れられるチャンス、
上野で伊勢詣でのチャンス、ということで人も疎らなハズのお盆の真っ只中に行って来た。
行きも帰りも上野公園のセミの大合唱つきで。
「神道美術」をテーマにした会場の構成は、次のとおり。
第1章 神宮の歴史と信仰
第2章 遷宮と古神宝
第3章 今に伝える神宝
第4章 神々の姿
展示品は伊勢神宮以外の神社の古神宝もみられた。
第2章の会場で見られた織物などは鶴岡八幡宮所蔵で鎌倉時代13Cのもの。色褪せた、どちらかというと質素な感じのする織物が数点。文様で印象的だったのが向かい合った鶴の文様の入った織物。当時はどんな色で織られていたのだろうか。
第4章「神々の姿」の会場では、すべてが神像の彫刻で、以下の6先にそれぞれ所蔵されている神像。
時代は、平安時代から室町時代のものまで。
大分・奈多宮
京都・松尾大社
和歌山・熊野速玉大社
静岡・伊豆山神社
京都・大将軍八神社
京都・岩清水八幡宮
特徴は、展示説明にも書いてあったが、仏像よりも彫りが簡素な点だろうか。例えば、衣服のひだは仏像に比べて少ないというか複雑でない。また坐像の場合、横から見たときの幅(奥行き)も仏像ほどはない。
何より大きな特徴だと思ったのは、神像はより人間に近い顔立ちであるということ(その昔、教科書や千円札で見た聖徳太子のような顔の像を思い浮かべると判りやすい気がする)。仏教の迫力ある阿修羅像とは対照的で、穏やかな表情の限りなく人に似た顔立ちの神像。
古事記・日本書紀などの古文書を間近で見られるのを結構期待していた私なのだが、それらをガラス越しに見てもこれといった感慨が湧かず、「こういうものなのかぁ…漢文読めないから意味不明だなぁ…」という感想。…価値あるものに出逢ってもその良さが解らないなんて勿体無い。…不勉強な自分が恥ずかしい。
つーか、古事記の展示期間は終わってたしな。
玉纏御太刀(たままきのおんたち)という名前の神宝があったのだが、その名前の響きがやけに私の心を捉えた。「たままき」・・・何だか可愛くないですか。
もちろんその神宝自体も美しく、翡翠や瑪瑙などの石で装飾が施されていて非常に綺麗だった。
2013年の式年遷宮まで、約4年足らず。
三重で伊勢詣でが出来たらいいな。
★http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20081208/100208/
矢野憲一氏「伊勢神宮に見るサステナブル」
夏の終わり
午後のおやつの時間に、駅前まで外出した。
ふらっと安いカフェに入り、冷たいコーヒー片手に本を読む。
読み始めは物凄く瞼が重くて、これでは家にいるのと同じだ…と我ながら辟易。
しかし幸いにも本の魅力で瞼が全開(?)。
研原哉氏の「白」、途中までしか詠み進んでいないのだが、
私には良い意味で意外な展開であり、非常に勉強になる一冊だった。
19時前にカフェを出て帰路に就く。辺りはもう暗い。
途中、道路の左端で騒々しく鳴き蠢く物体に遭遇。
少し目を凝らして見ると、それは蝉だった。
アスファルトの上に、仰向けになって、必死に羽と足をばたつかせている蝉。
…その身を持って告げる夏の終わり。
そんな気がして、その生命のはかなさに少し胸が痛んだ。
それは何の前触れもなく
本当に突然で、一瞬の出来事。
気が付けば、僕はアスファルトの上。
この夏中、
僕は生命みなぎる幹や小枝にとまって
羽をかき鳴らし、生命の音を奏でていたんだ。
でも、とうとう僕の足から力が抜けるときがやってきて
僕は真っ逆さまに落下する。
背中を硬いアスファルトに叩きつけられた僕。
僕は一生懸命にもがく。
羽を羽ばたかせ、足をばたつかせする。
もういちど、あの樹の上へ戻るために。
僕の居場所は、あそこしかないから。
僕は力を振り絞る。
羽を羽ばたかせ、足をばたつかせする。
せめて土の匂いのする場所へ向かいたい、と願う。
ふらっと安いカフェに入り、冷たいコーヒー片手に本を読む。
読み始めは物凄く瞼が重くて、これでは家にいるのと同じだ…と我ながら辟易。
しかし幸いにも本の魅力で瞼が全開(?)。
研原哉氏の「白」、途中までしか詠み進んでいないのだが、
私には良い意味で意外な展開であり、非常に勉強になる一冊だった。
19時前にカフェを出て帰路に就く。辺りはもう暗い。
途中、道路の左端で騒々しく鳴き蠢く物体に遭遇。
少し目を凝らして見ると、それは蝉だった。
アスファルトの上に、仰向けになって、必死に羽と足をばたつかせている蝉。
…その身を持って告げる夏の終わり。
そんな気がして、その生命のはかなさに少し胸が痛んだ。
それは何の前触れもなく
本当に突然で、一瞬の出来事。
気が付けば、僕はアスファルトの上。
この夏中、
僕は生命みなぎる幹や小枝にとまって
羽をかき鳴らし、生命の音を奏でていたんだ。
でも、とうとう僕の足から力が抜けるときがやってきて
僕は真っ逆さまに落下する。
背中を硬いアスファルトに叩きつけられた僕。
僕は一生懸命にもがく。
羽を羽ばたかせ、足をばたつかせする。
もういちど、あの樹の上へ戻るために。
僕の居場所は、あそこしかないから。
僕は力を振り絞る。
羽を羽ばたかせ、足をばたつかせする。
せめて土の匂いのする場所へ向かいたい、と願う。
平成21年8月3日月曜日
明治神宮御苑
昨日は明治神宮の「明治神宮御苑」へ。
朝9時頃に目が覚めて、何故か「今日行こう」と思い定めてしまった。
何だかんだと準備を整え、時計を見ると午前10時。
あやしい雲行きだったので、折り畳み傘をカバンに入れて家を出た。
電車で原宿に着いたときには、既に雨。
やっぱり傘を持ってきて良かった、と胸を撫で下ろす。
夏休み、しかも日曜日のせいか、明治神宮はそこそこの参拝客。
晴れていたらもっと多かったかもしれない。
外国人の方も割と多い。英語の他に、中国語・韓国語も耳に入ってきた。
明治神宮御苑へは、北門から入っていった。拝観料(入場料)500円。
この御苑は、江戸時代に加藤家・井伊家の下屋敷庭園だったそうで、明治時代に宮内省所管となったらしい。
面積約83,000平方メートル。苑内には、隔雲亭(かくうんてい)、御釣台(おつりだい)、四阿(あづまや)、菖蒲田(しょうぶだ)、清正井(きよまさのいど)がある。
私の目的は、清正井の湧き水に触れることで、そこに一直線に向かうつもりでいたのだが、一歩また一歩と苑内に足を踏み入れるたびに、ゆっくり回ってみたい気持ちにかられて、素敵な緑の景色を愛でつつ、そして池の中の鯉や亀などを眺めたりしつつ、心落ち着く時間を過ごすことができた。
手入れが行き届いているせいもあるだろうが、苑内の緑は不思議なほど素敵だった。
風情のある四阿で少し雨宿りをしたり、まだ青々とした紅葉の葉を見ながらその美しさに心を奪われたりした。
菖蒲田では、稲のような植物が植えられていて、「峰の雪」「宇宙」「玉宝蓮」などと名前が添えられていた。
清正井の水はとても澄んでいて、そして冷たかった。
ふとその流れ出る方向に目をやると、そこは先ほど通った菖蒲田の方向だった。そしてその向こうには、南池が広がっている。
携帯のカメラで何枚か写真を撮ったのだが、雨模様にもかかわらず、意外にもとてもきれいに写っていた。
明治神宮の本殿の手前に、明治天皇が詠まれた句があった。
「あさみどり 澄みわたりたる 大空の 廣きをおのが 心ともがな」
朝9時頃に目が覚めて、何故か「今日行こう」と思い定めてしまった。
何だかんだと準備を整え、時計を見ると午前10時。
あやしい雲行きだったので、折り畳み傘をカバンに入れて家を出た。
電車で原宿に着いたときには、既に雨。
やっぱり傘を持ってきて良かった、と胸を撫で下ろす。
夏休み、しかも日曜日のせいか、明治神宮はそこそこの参拝客。
晴れていたらもっと多かったかもしれない。
外国人の方も割と多い。英語の他に、中国語・韓国語も耳に入ってきた。
明治神宮御苑へは、北門から入っていった。拝観料(入場料)500円。
この御苑は、江戸時代に加藤家・井伊家の下屋敷庭園だったそうで、明治時代に宮内省所管となったらしい。
面積約83,000平方メートル。苑内には、隔雲亭(かくうんてい)、御釣台(おつりだい)、四阿(あづまや)、菖蒲田(しょうぶだ)、清正井(きよまさのいど)がある。
私の目的は、清正井の湧き水に触れることで、そこに一直線に向かうつもりでいたのだが、一歩また一歩と苑内に足を踏み入れるたびに、ゆっくり回ってみたい気持ちにかられて、素敵な緑の景色を愛でつつ、そして池の中の鯉や亀などを眺めたりしつつ、心落ち着く時間を過ごすことができた。
手入れが行き届いているせいもあるだろうが、苑内の緑は不思議なほど素敵だった。
風情のある四阿で少し雨宿りをしたり、まだ青々とした紅葉の葉を見ながらその美しさに心を奪われたりした。
菖蒲田では、稲のような植物が植えられていて、「峰の雪」「宇宙」「玉宝蓮」などと名前が添えられていた。
清正井の水はとても澄んでいて、そして冷たかった。
ふとその流れ出る方向に目をやると、そこは先ほど通った菖蒲田の方向だった。そしてその向こうには、南池が広がっている。
携帯のカメラで何枚か写真を撮ったのだが、雨模様にもかかわらず、意外にもとてもきれいに写っていた。
明治神宮の本殿の手前に、明治天皇が詠まれた句があった。
「あさみどり 澄みわたりたる 大空の 廣きをおのが 心ともがな」
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